神木隆之介の芸能界に入るきっかけは?母親とのエピソードを徹底調査!

神木隆之介 芸能界 入るきっかけ エンタメ

今はテレビで見ない時がないほど大人気の俳優である神木隆之介(かみき りゅうのすけ)さん。

神木隆之介さんは2歳の頃に子役としてデビューし、今もなお第一線で活躍をしていますが、彼が芸能界に入るきっかけはなんだったのでしょうか?

もちろん2歳なんで、自分で応募するなんてことはできないですが、そこには普通じゃない理由があったそうです。そこでこの記事では、

・神木隆之介の芸能界に入るきっかけ
・母親とのエピソード

について書こうと思います!

神木隆之介の芸能界に入るきっかけは?

気になる神木隆之介さんの芸能界入りのきっかけに迫っていきたいと思います!

生まれた時に大病を患っていた?

神木隆之介さんは生後間もない頃、4ヶ月間危篤状態が続いたといいます。病気の原因が分からないまま集中治療室いて、しまいには体重がどんどん減り続けたそうです。

神木隆之介さんのお母さんは「助かる確率はかなり低い。助かったとしても障害が残るでしょう」と告げられましたが、”少しでも体調が悪くなれば“という思いで、病院へ通っていると、次第に回復していったそうです!

小学校に入る頃には、周りと同じようにスポーツもできるようになっていたみたいですね。速く走れることに喜びを感じていたのだとか。ちょうどその頃、母親が書いた日記を読んで、神木さんはこのように語っています。

「僕自身は覚えてないので、なんとも言えない気持ちだったんですが、大変だったんだなと。もしかしたら死んでいたかもしれなかった。2回目の人生のようなもの。だから、感謝したいなぁって思います、何事にも」

キョウ
キョウ

本当に感謝って大事だよな。

母が事務所に応募

このような出来事が神木隆之介さんの芸能界に入るきっかけになっているのですが、母親は「生きている証を残したい」という思いで子役事務所「セントラル」に応募し、見事合格しました!

セントラルは0歳から大人まで入ることが可能な芸能事務所であり、大島優子さん志田未来さんもここの出身らしいですよ。

神木隆之介さんは1995年、彼が2歳の頃にCMでデビューしています!

合格した時、お母さんは非常に嬉しかったことでしょう!また「体が弱いから芸能界へ」という発想が好きですね!

ここに関しては以前バラエティ番組に出た時につっこまれていました。「普通は体が弱いからプール教室に入りましたとかじゃないの?」って。

ただ母には「いつ思い出の存在になるかどうか」という思いがあったようで、それほど重い病気だったことがうかがえますね!

すべては母の作った家訓から

今はテレビで見ない時がないほどに大人気の俳優であり、非常に好感の持てる人柄が魅力ですよね!このような性格になったのは、実は神木家の「家訓」が影響しているそうです。

<神木家の家訓>
・性格のかわいい人でありなさい
・真逆の意見も一度は受け入れなさい
・実るほど頭を垂れる稲穂かな

性格のかわいい人」というのは「素直な人」らしいですよ!喜ぶときは喜ぶし、悲しいときは悲しむ。素直に「ありがとう」とか「ごめんなさい」を言える人間のこと。

確かに神木隆之介さんを見ていると、とても素直な印象を受けますよね?先輩・後輩問わず、どの共演者とも仲良さそうに話していますイメージがあります!

そんな神木くんでも、思春期のころは素直に謝れず、”自分が折れてしまうのが嫌”と思うことが多かったのだとか。本人も「素直になるというのは難しい」と語っています!

「仲良くなりたいと思った方には、第一声からすごく親しげに話しかけます。」

と本人も言っており、自分から気持ちのいい人間関係を築こうとする姿勢が素敵ですね!

キョウ
キョウ

生まれたもった愛嬌だけじゃなく、ちゃんと努力して”素直さ”を身につけてるんだな。

ちなみに、「実るほど頭を垂れる稲穂かな(みのるほど こうべをたれる いなほかな)」もよくわからなかったので調べてみました。

これはことわざの1つで、稲が成長すると実を付け、その重みで実(頭)の部分が垂れ下がってくることから、立派に成長した人間、つまり人格者ほど頭の低い謙虚な姿勢であるという事を意味しています。

この言葉も素晴らしい家訓ですね!小さい頃から大きなお金を稼ぐと、鼻が高くなり、調子に乗ってしまうこともあると聞きますが、神木隆之介さんはいつも謙虚で、演者やスタッフの方にも非常に好感を保たれているそう。

これほどのまでに、彼の人格をつくったこの家訓はぜひ参考にしたいですね!

母親とのエピソード

神木隆之介さんは思春期の頃よく母親に反抗し、ケンカもしていたようなのですが、今でも大の仲良しみたいですね!

ここでは神木隆之介さんと母親とのエピソードを紹介します。

今でも母親に服を選んでもらっている?

神木隆之介くんは「いつもお茶を飲みながら話します」と言っているほど、母親とは仲がいいようで、喫茶店で待ち合わせて1時間半から2時間は話すのだとか。

また一緒に洋服を買いに行くこともあるそうで「母親に洋服を見立ててもらいます」と打ち明けています。その時はスタジオを驚かしていましたね。

「僕、スゴく服を真剣に選んで、ダサいって言われるんですよ」

と語っており、SNSにも「中学生みたいな服着てた」などと書かれることがあるようで、未だに母親にアドバイスを求めているそう。

当時神木くんは23歳でしたから、その歳の男性が母親と一緒に服を買いに行く•••。僕にはちょっと無理ですね(笑)

母の言葉に救われた?

神木隆之介さんはいつでも順調のように思われていますが、実は仕事で悩んでいた時期があったそう。

2歳から子役をやっているため、当然バイトもしたことないですし、25歳までは俳優業しかないのかなと思っていたようですね。

映画やドラマで「ヒットしなかったら辞める覚悟でね」って言れたのが、すごい頭にきた、ということも話してくれています。その時に

「ヒットさせるために俺は芝居をやるの?ヒットさせる芝居って何?」

「俺、このままこんな危機感で、ずっとやんなきゃいけないの?そんなの全然楽しくない。芝居は好きだけど、楽しくない。」

という思いに悩まされたんだとか。

その時、母親に「あんたは1人の息子だから、この職業は関係なく、笑って楽しく暮らしていってくれればそれでいい」と言われて楽になったと語っています!

キョウ
キョウ

神木くんのお母さんは、なんて人格者なんだろう。

今でも神木くんのイキイキした姿が見れるのは、お母さんの支えがあったからかも知れないですね!

神木隆之介の芸能界に入るきっかけまとめ

神木隆之介の芸能界に入るきっかけや母親とのエピソードはいかがだったでしょうか。

大活躍している神木隆之介くんに、壮絶な過去があることがわかりましたね。母親の暖かい言葉にいつも支えられているというエピソードも素敵です!

今年(2021年)で芸歴26年目になる神木隆之介さんですが「まずは40歳までは全力で目の前のことを楽しむ」「40歳くらいまで働いたら、その後の人生について一度考えるかもしれません」と語っています!

皆さんが20歳くらいから60歳くらいまで働くと定年だから、神木くんの場合は40歳くらいで同じ期間かなと考えているみたいですね。

それからは俳優として演技を磨き続けているかも知れないし、違う道で頑張っている可能性もあります。

いずれにせよ、それまでは神木隆之介くんの俳優人生を応援したいと思っています!

 

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